「パスク、あの場所で待っている」 ※Kitten Heart BLOGより移植

第22話 (2016/02/06 update)

 実家を出て、三日ほど経過した。
 山を下り、翌日には海沿いを突き進んだ。この間は必死の帰郷だったので、余裕はなかった。今回は万全の体制。気持ちにもゆとりがあり、のんびり潮風に当たりながら西の方へ。
 夜は安全な寝床を探し、気を休めていた。それでも、いつ候補者が襲ってくるか分からない。
 そして、ひとときの休みを経て、山の中へと続く道をひたすら歩いてた。茶店を見つけると、歩き続けて痛めた足のために、長めの休憩を取ることにした。
 辺りには民家もなく、広々とした街道沿いに突然とたたずんでいる店だ。
 しばらく休んでいると、一人の女性が横に座って話しかけてきた。
「パスクさん、待っていたよ」
「キョウコじゃねえか!」
 体つきこそ小柄で細身だが、あの漆黒のポニーテールを見て、すぐに気づいた。
「敵討ちがしたくて……ね」
 オレの方を見るなり、不敵に笑うあの顔。白く透き通った素肌の下に、どんなものを隠し持っているのか、恐ろしくなった。
「ちょ……。ちょっと待て。オレが、お前に何をした!」
 思わず茶店の長椅子から、飛び跳ねるように立ち上がった。
 キョウコも候補者の一人。用心のため、店から少し離れた。
「コリエンテ——さすがにご存じですよね?」
「ああ、もちろん。オレの大の親友だ」
「わたくしは、前回の選考会で最後の二人まで残れた。けどね。最後にコリエンテさんに敗れた……」
 そういえば、確かにそうだ。コリエンテとキョウコで最後を争っていた。
「だから……親友のあなたに復讐です!」
「無茶苦茶だぞ!」
 セーキじいさんほどではないが、初速の蹴り出しが早い。小柄を生かし一気に後ろに回れた。
「『twenty』まで、あとちょっとだった実力。見せて、あ・げ・る」
 腕を回され、首を締め付けられた。本気で締め付けられ、苦しい……。前方にキョウコを投げ飛ばしたが、猫のように華麗に着地した。そして地面を蹴り上げ、向かってくる。
「やっ!」
 キョウコは細長くて鋭いロングソードを使ってくる。剣そのものが、かなり軽量のものを使っているのだろう。体の大きさから想像もつかないくらいの速さで斬りかかってくる。
「くっ!」
 避けきるのは、スピードと剣の長さもあり、かなり難しい。弾き返すしかなかった。
 一旦、キョウコは間合いを空けてきた。そしてすぐさま突進してきた。
 これだったらと振ってみたが、避けられた。
「下か!」
 しゃがみ込んだところから、跳ね上がるように斬りかかってきた。愛剣でガードしたが、はじき飛ばされた。
 そこへ猶も斬りかかってきた。幾度となく金属音が奏でるが、押され気味だ。
 再び、間合いを空けてきた。今度は呼吸を整えるためか、すぐには動かなかった。
「くそっ……」
 確かにキョウコは自他が認めるほど、『twenty』並みだ。何度かキョウコと戦ったことがあるが、勝てていない。
 リスクを避けるため、あえて負けようと考えた。深手を負って先に進むより、その方がいいだろう。それに、復讐を果たせればキョウコも気が済むだろう。
 息が整ったのか、きれいな構えから向かってきた。
 キョウコには悟られないように適度に力を抜いた。絶好のチャンスを作ってやった。
 すると、キョウコはこんな素敵なチャンスを斬りかからず、全力の飛び蹴りを与えてきた。まともに食らい、茶店から随分と離れた草むらまで吹き飛ばされた。
「わたくしのことを甘く見ていない? これは復讐。本気を出さないなら、一生動けない体にしてもよくってよ」

第23話 (2016/02/14 update)

「……苦っ」
 口の中に入ってしまった雑草を吐き出し、体制を整える。
「わざと負けようっていうつもり?」
「まさか……。この選考会であり得るのか」
 苦笑いを見せてごまかしたが、やっぱり勘のいいキョウコにはダメか。
 腰の高さまである雑草を切りながら、草むらから出てきた。
 不都合な相手を避けて逃げるのは、この選考会では常套手段だ。ただルールがあって、どちらかが候補者だろうと対戦を申し込めばやらなくてはならない。なかなか相手に出会うのが難しいこともあり、断った場合は不戦敗になる。なので、ムギの時は店主さえオレの名前を言わなかったら逃げ切れたのだ。そういった事実もあり、ビーフォンみたいに不意打ちを取るやつもいる。候補者は四六時中、気を抜くことができない。最も『twenty』に入ったら尚更だが。
「わたくしの周りには、結構いらっしゃいますけどね」
 キョウコは強いからな……。みんな嫌がるのだろう。オレだって避けられるのなら、やりたかった。だが、お互い顔を知っている上、キョウコが名前を呼んできてしまったので、ここで条件をクリアしている。後は、どちらかが戦う意思があれば成立する。気をそらそうとしたが、復讐だなんて言うから、成立してしまった。
「そもそも、なんでオレなんだよ! コリエと仲がいいやつは、他にもいるだろう」
「候補者入りの同期。しかも同い年じゃないの」
「確かにそうだが……」
「うん。それだけ」
「理由はそれだけか!」
「復讐するのに相手を納得させる必要なんて無いから」
「そこは納得させろよ!」
 キョウコは構えず、余裕そうに体を休めていた。
「ここで逃げてもいいけどね。その時は、選考会が終わったら地の果てでも追いかけ回してあげるわ」
「分かったよ。やるよ」
 選考会はルールがあるから、復讐目的でも限度がある。けど終わった後だと、あの世送りにすることもできる。
「それで。本気で来るのかしら?」
「決まっているだろう」
「そうね。わたくしに勝てなければ、『twenty』なんて無理でしょうね」
 それに、数多く勝たなければならない。負けなんて付けたくはない。
「本気で来なかったら、体のパーツがひとつ無くなると思いなさい!」
 キョウコはすぐさま斬りかかってきた。キョウコの剣を受けながら、草むらの中に勝負を持ち込んだ。ここなら動きづらいから、まともにやり合える。
 しかし、キョウコも分かっており、押し込んで草むらの外に出そうとする。必死に耐え抜こうとしたが、思いつきでやった作戦。欠点があった。
「やっ!」
 草刈り機を思わせるくらい、キョウコの連続攻撃。オレが交わした代わりに、雑草が次々に吹き飛ばされていった。ついには押し出され、乾いて土埃が舞う茶店通りの道まで戻された。
 両者とも間合いを空けて、息をつく。
「……珍しく、随分と息が上がっているな」
「パスクさんもね……」
 キョウコの体力を減らすことに成功したが、オレも付随して無くなってきた。やっぱり良い作戦ではなかった。あまり休んでいると、すぐさまキョウコにやられる。
「はっ!」
 今度はこちらから仕掛けて、対応が遅れたキョウコを狙う。そして、キョウコのロングソードは天高く舞った。
――これで決まった!
すると、キョウコは地面を強く蹴り出して、砂埃を撒き散らした。たまらず、キョウコに背を向けてしまった。
 振り返ると砂埃の向こうで動く影が、華麗にロングソードを空中キャッチする姿が見えた。
「あぶない、あぶない。もう少しで負けるところでしたわ」
 くそ……。どうやって勝てというんだ。

第24話 (2016/02/22 update)

 選考会での決着方法は、相手が降参するか、反撃不可に追い込むか。
 あと一歩で、追い込めたのに……。
「残念でしたわね」
 余裕そうな表情で取り返したロングソードを振り回すが、相当焦ってやったのだろう。肩の上下運動はごまかせず、だいぶ速くなっていた。
「でも。その方がわたくしも、やりがいがありますわ」
「だったら、二度と復讐なんて考えさせないでやるよ!」
「そうこなくては!」
 勢いで言ってしまったが、実際どう立ち向かっていけばいいか。走り回れないくらい体力を減らさないと、同じことが続いてしまう。
 かといって、手を抜いたら五体無事でいられるか。キョウコはああいった冗談みたいなことを言って、本気の時があるから怖い。
 でも、要は走れなければいいんだ。そうすれば……。
「今度こそ、終わりにしてやる!」
 砂埃を舞い上がらせながら、キョウコに向かっていった。遠くまで響き渡るような金属音を立てながら、更に砂埃は舞い上がっていった。
 打ち合っていたが、キョウコもだいぶ疲れてきたのだろう。徐々にオレの方が押してきた。
「これだったら、どうだ!」
 勝負を決めようと、容赦なく振り続けていた。息が上がっているキョウコに勝つチャンスはあるはずなのに、どれもキョウコに弾き返される。このままじゃあ、オレの方が……。
 一旦引いて、キョウコから離れた。
「だいぶ……焦っているようですわね」
「それは、どっちのことだよ」
 キョウコが言い足りなくて口を開きかけた瞬間、オレは全力で右足を蹴り上げた。その勢いを削ぎ落とさないように、右腕を振り抜いた。
 もうそんなにチャンスはないだろうと、確実にキョウコを捕らえた。
 そのはずだった。
 なにも当たらずに空振りした。
「ホント。残念でしたわね」
 視界から消えたキョウコの声がする。
「……下か!」
 くそ……、交わせるか……。
 体制を戻そうとしたが、キョウコの方が速かった。押し上げる力に太刀打ちできず、力尽きてその場に倒れた。
「どう? 『twenty』なんて、これ以上だからね!」

 ゆっくり流れていく白い雲を呆然と眺めていた。悔しいが諦めもついていた。
「まあ、これで復讐とやらはできたから、気が済んだだろ」
「ううん。復讐なんて言ったのは、大ウソ。あなたの本気が見たくってね」
「相変わらず、性が悪いな……」
 少しふらつきながら起き上がったが、まだ立ち上がれるほどではなかった。
「別に恨んでいないわよ。コリエンテさんも、あなたも。あの時負けたのはわたくしの力不足」
 ロングソードを鞘にしまうと、よろめきながらもオレに近寄ってきた。
「それはいいとして。こんなことをしたのは、パスクさんに聞きたいことがあるからです」
「なんだよ?」
 更にキョウコは顔を寄せて、耳元でささやいた。
「あの女について……どう思いますか?」

第25話 (2016/03/04 update)

「あの女について……どう思いますか?」
「あの女って、なんだよ、それ。急に……」
「決まっているじゃない、王室直属騎士団参謀総長『ケイ』に」
「ケイくらい、オレでも分かる」

 場所を移し、元の茶店に帰ってきた。
「そもそも、こんな話をしていていいのかよ。監視員が見ているぞ」
「だからって、彼らはそのこと自体は報告しない。するのは対戦結果と適正かどうか。陰口を言ったところで、何も影響されない」
「そういえば……前にじいさんと対戦したときも、そんなことを話していたな……」
 コトミも、愚痴とかは報告しないって言っていたか。
「じいさんって、子連れのセーキ? なんて言っていたの?」
「『子連れのセーキ』なんて今誰も言わないぞ。いくつなんだよ」
「わたくしに年を聞くつもりなの!」
「……申し訳ございません」
 確か、オレより年上だった気が……。キョウコの目が、あまりにも怖すぎて、思わず引いてしまった。
「それで! なんて言っていたの!」
「『騎士団になりたかったら、逆らうな』って」
 失言で鬼のような表情だったが、柔らかな顔に戻った。
「まあ、正論ね。そもそも逆らえないでしょ。王室直属にも関わらず、王室の人間すら彼女に口出しは出来ない。この国にはいないでしょ? 事実上この国のトップだし」
「国の英雄様だからな……」
 荒れた国を平和な国に変えた中心人物こそケイで、大所帯だった旧騎士団を変え、現在の『twenty』にした。その功績が認められて、『王室直属騎士団参謀総長』の肩書きが与えられた。
 これだけの力を有しながら、クーデターのひとつを起こさないのが不思議なくらい。といっても、この国の政治は国王の独裁政治だが、裏で糸を引いているのが彼女だと言われており、その必要性はないのも事実。
「今の平和な国にしたのがケイ。その平和が保たれている間は、彼女に逆らうのは国王でも不可能でしょうね」
「でも、二十年も王室に仕えているってことは、もうばばあだろ」
「『ばばあ』ねぇ……」
 頭は動かさず目だけを動かして、何かを気にしているようだった。
「……今のは、さすがにまずかったか?」
 どこに隠れ潜んでいるか分からない監視員を目で探す。
「いいえ。そうじゃなくってね……」
 何かを言いたそうだったが、ため息以外のものは口から出なかった。
「一方で、かなりの我が儘なのは事実かもね」
「人の言うことなんて聞かないのは有名だから、オレもそれは知っている」
「セーキさんの言うとおり、逆らわないことね」
「そうだな……」
「陰口を言っても影響ないっていうのも、公式にはそうなっているけど、本当かどうかまでは分からないし、これくらいにしましょう」
「最後に聞きたいんだが、この選考会の最後って何だ?」
「自分の目で確かめなさい。まあ、セーキさんの言っていることが核心を突いているかもね」
「でも、じいさんはこの選考会は初めて参加したって言っていたが……」
「ケイのことをよく知っているからね……」
「そうなのか……?」
「じゃないかしら。そんな話を聞いたことがありますよ」

 茶屋に戻ってきたのは昼前だったが、いろいろ話し込んで日が傾き始めてきた。
 候補者同士、情報交換することは優位に進めるためよくあるし、認められている。
「わたくしは、北の方を向かうつもりですわ」
「オレはあいつと再会して、ちょっと考える。いるといいが……」
「たぶん、こっちで見たって言う情報はないから、少なくてもあの近辺じゃないかしら」
「そうか……。ありがとうな」
 長居した茶屋を出て、キョウコとも別れを告げた。
 キョウコを背にして、西の方へ歩き始めた。
「パスクさん!」
 突然、キョウコが叫んだので振り返った。
「……死んじゃ、ダメだよ」
「コリエとの約束があるから、そう簡単に死なないよ」
 キョウコはそれ以上は発しなかった。なんだか寂しげそうでもあった。

 日が暮れる前に、今夜の寝床を探すか。

第26話 (2016/04/22 update)

 キョウコと別れてから二日後の昼。山を下り、木々の間から微かに海を覗かせていた。あの海の向こうに……!
 はやる気持ちを抑えつつ、新緑の香りを纏った風を感じながら駆け下りていった。
 ふと人の気配を感じて振り向くと、コトミが必死に後ろをつけていた。オレに気づかれてしまい慌てて木の陰に隠れたが、小柄なくせに隠れきっていない。
「お前……。相変わらず、とっさに隠れるのが下手だな」
「だって! 急に振り向くんだもん!」
 諦めて、木の陰から舞い戻ってきた。
「最初っから隠れてついて来いよ」
「パスクさんが歩くのが速いから、隠れながらだと追いつかないんだもん。もっとゆっくり歩いてよ!」
「お前がこっちのペースに合わせるんだよ……」

 無駄な努力を捨てたのか、オレの右横に並んでついてきた。
「どこへ行くの?」
「蓋名島だ。旧友の所へ会いに行くんだ。久々に……」
 それを聞くと、楽しそうなスキップ混じりに足取りが変わっていった。
「……嬉しそうだな」
「遠くに行けて楽しみ!」
 声も上調子で、まるでどこかに連れてもらえる子供だな。
「オレは、遊びに行くんじゃないからな」
 いや、監視の仕事をしているお前もだろう……。
「ネビナと違って、参謀総長のばばあがいなくて楽だな。目が合うと、うるさいんだもん」
「ばばあって……。王室の高性能頭脳様だぞ」
「あら? パスクさんが参謀総長様のことを『ばばぁ』呼ばわりしていたの、言っちゃおうかな……?」
「ルール違反だろ!」
「あれれ? それはどっちかしら」
 監視員を裁くルールはないのか。
「なんで知っているんだよ。あの時の監視員は、お前じゃないだろ」
「監視員同士のネットワークで聞きました。結構伝わっているかもよ……」
 あからさまに脅した言い方をする。セーキじいさんが言っていたことはこういうことか。いつか不利になるって。
「そういえば、お腹がすいたな……」
 内部情報を取り引きに利用しようとする職権乱用だ。

「お前のせいで、金が減っただろ!」
 通りに面した食事処に連れて行ってやったが、体つきの割にたらふく食いやがった。
「あたしだって、そんなに持ってないもん」
 奢りだということに甘えて、あんなに食うな。
「オレだって、選考会前に貯めた金でやりくりしているんだよ」
「あたしだって、少ない給料でやりくりしているんだもん!」
「お前……王室勤務の公務員だろ?」
「あたし、下っ端だから少ないの! ばばあが悪いんだ……!」
 出張費は経費として認められていないのか……?
「……ケイに逆らえるやつなんて、この国にいないから諦めることだな」
「だって……」
 お腹と張り合うかのように、コトミの頬も膨れてきた。
「コトミは、なんで監視員なんかなったんだよ」
「……やりたいことがなかったから。王室の仕事だったら安定しているし。監視員はそう決められて配属になっただけだよ」
「そっか……」
 コトミもいろいろと苦労しているんだな……。
「そういえば、パスクさんってどうして『twenty』にそんなに入りたいの? 大変なのに……」
「コリエンテとの約束だからな」
「でも、それってコリエンテさんが入ってからの話でしょ? もともとは、なんだったの?」
「親父がな……。強い男になれと剣術を始めさせたんだよ。それがいろいろやっているうちに、上を目指した。……まあ、成り行きだな」
 オレも結局、他にやりたいことがなかったな。
「じゃあ、御父様ためにもがんばらないとね!」
「まあ、そうだな……」
 余計なことを話してしまったと、後悔混じりのため息が出た。


19話〜21話