第1話:夏実とお母さんの入院

 ナナの知っている夏実なつみといえば、いつも明るい八才の女の子というイメージが強かった。
 でも、最近は違う。
 どこか元気がなく、どんより曇った空のよう。
 それもそのはず、大好きな母が病気で入院したからだ。
 命に別状はないが、不安は募る。
 部屋の片隅でうずくまる夏実を背後から見ていると、こっちまで暗い気持ちになりそうだ。
「ねえ、ナナ。お母さん、大丈夫だよね」
「おじいさんだって、そういっていたじゃない」
 夏実の祖父は、獣医が本業だが、呪術をベースとした民間療法もしている。
 祖先である白魔術師の知識を代々受け継ぎ、ハーブといった効能のある薬草を使っている。
 決して、訳のわからない動物の手足だの頭だの煮込んだりしない。
 さっきから夏実のそばにいるナナ。
 姿かたちは黒猫そのものだが、“魔術書”といわれている本で、自分自身の力で猫に化け、夏実と話している。
「ナナ。ちょっとこっち来て」
 夏実の正面に回り込むと何も言わずに、強く抱き上げられた。
「私、どうしたらいいの?」
 夏実の腕の中、彼女の柔らかなぬくもりを感じるが、それとは裏腹な悲しい声。
 こっちがどうしたらいいのか……。
「私、役立たずだから、なんにもできない」
「そんなことはないよ。病気のことはお医者さんが何とかしてくれるよ。夏実ちゃんは笑顔で回復を祈ることだよ。そんなに悩むなんてらしくない……」
 時折、こぼれ落ちる涙からとても今すぐ笑えなんて無理だろう。
 でも、そんな言葉しかかけられなかった。
 ふがいない自分に嘆きたくもなり、夏実の雰囲気に押され、泣きたくなってきた。
 それを夏実がどう思ったのかわからないが、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめん……。やっぱりつらいときは泣こう……。一緒に泣いてあげるから」
 曇り空はいつしか地面を潤す雨となっていった。

 次の日の朝、昨日に続きすっきりと晴れた。
 ナナが二階にある夏実の子ども部屋から、一階のキッチンに降りていった。
 そこには機嫌のいい夏実が朝ご飯を作っていた。
 どうやらこちらも快晴のようである。
 イスに飛び乗り、後ろ足で立ち、ダイニングテーブルから顔を出す。
「夏実ちゃん、おはよう。何、作っているの?」
「おはよう。ホットケーキだよ。食べる?」
「うん、食べる。ホットケーキ大好き」
 ナナは前足をばたつかせ、喜ぶ。
「あれ? ほかは?」
「お父さんは仕事。春姉は秋ちゃんと出かけた」
 夏実には姉と妹一人ずついる。春花と秋菜だ。
 両親と三姉妹の五人で暮らしている。
「さっきから二階でニャーニャーないていたけど、どうしたの?」
「え? なんにも。起きたばっかりだし」
 そういえば、今も聞こえる。

 夏実たちは二階のベランダに上がる。
 声は聞こえるが、姿は見えない。
「もしかして、庭の木じゃない?」
 目の前の木を指さす。
 庭に降りてみて木の真下から見上げる。
 すると一匹の子猫が、木から下りられずにいた。
 夏実は迷うことなく、木に登り始めた。
「夏実ちゃん、登れるの?」
 すると数メートルも登らずに降りて、
「やっぱりムリ……」
 夏実は子猫の方を見て、
「ちょっとかわいそうだけど……」
 と、目をつむり集中する。
 右腕を前に突き出し、手のひらを上に向ける。
 次に、右手を勢いよくあげる。
 それを合図に強い上昇気流が巻き起こる。
 子猫は飛ばされて宙を舞う。
 やがて落ちてきたところを、夏実がキャッチする。
 よかったねと子猫の頭をなでて、地面に下ろした。
 子猫は何も言わずに、去っていった。
「ねえ、ナナ。私、あの猫の役に立てたかな……?」
 ナナは夏実のそばに近寄る。
「昨日ね、泣いていて思った。小さなことが大きなことになると思う。私もおじいちゃんみたいに、だれかの手助けになりたい」
 夏実の決意に、ナナはほほえんだ。