第5話:夏実とプールの季節

「魔術でなんとかしちゃえば、いいんじゃないの?」
 唯の何気ない一言に傷つけられた。そんなこと言われても、できない。

 呼吸も荒々しく目覚めた。七月中旬とあってか、滝のように汗が流れ落ちる。でも、原因は暑いからではない。悪い夢を見たからだ。
 ここが見慣れた自分の部屋で、今までのことは夢の世界だったことに気づき、ひと息つく。
 たまの日曜日くらい落ち着いて寝ていたい。
 そして、布団の中からナナを探しだし、自分の胸に引き寄せて強く抱きしめる。
「コワイ夢を見た」
 無理矢理起こされた格好になったナナは、寝惚け眼だが不機嫌そうに聞く。
「どんな夢だったの?」
「よく分からないけど、溺れる夢でね……」
 話した途端、ナナが寒気のような震え方をした。
「それで、どうなったの?」
「そこで起きちゃったから……」
 ナナが、なにか言いたげな感じだったが、語ってはくれなかった。
「正夢にならなければ、いいけど」
 二段ベッドの上から降りて、ため息混じりにもらす。
「そういえば、プールに行くって言っていたね」
「うん、唯ちゃんと。約束だし」
 なにか重りを背負っているかのような体の重さを感じながら、部屋を出た。

 午後、唯と一緒に来たのは、大小二つのプールと子供用がある一般的な所。
 極暑ともいえる真夏の日差しで、気温は上がる一方だった。それにつられた人たちで、賑わっていた。
 私たちは、小さい方のプールで泳ぐことにした。本気で泳ぎに来た人は、となりの大きい方へと行くので、こちらはのんびりと泳ぐ人が大半だった。
 泳げないので、持参していた浮き輪にしがみついていた。ゆらゆらと僅かにできる波に合わせて、身を任せていた。やや生温いが程よい気持ちよさがあった。しかし、首から上まで潜るのは体の奥底でブレーキをかけるかのようにためらいが起きていた。
 唯はというと、私のそばにはいるが、時々離れて泳ぎまわっていた。そんな姿を羨ましいそうに見ていた。
 唯は私のことを思って、チャレンジしてみるように促すが、首を振ってきた。
「そういうのって、魔術でなんとかしちゃえば、いいんじゃないの?」
 ふと思いついたかのように唯の言葉に、私はすごく不快感を覚えた。

 帰ったのち自分の部屋に戻って、どうしようもない感情に翻弄されていた。
 唯に当たってみたいが、そんなこと絶対にできない。
 魔術でカナヅチをどうにかできるのなら、とうにしていた。
 布団を頭からかけて、うつぶせで泣き叫ぶ。心配してなのか、ナナがベッドまで駆け上がってきて、そばまで寄ってきた。
「魔術って思っているほど、万能じゃないから」
「そんなこと、わかっているよ!」
「夏実ちゃんがそう思っているだけだと。それ自体が万能じゃなくても、使う人の気持ち次第だよ」
「そんなこと言われても、分からないよ!」
「例えば刃物があったとき、おいしい料理を作るために使うか、人を傷つけるために使うか」
 口うるさい猫を振り払おうとうつぶせのまましてみたが、手応えがなかった。うまくかわされてしまった。
「分かった。説教じみたことは辞める。でも、人と違う能力を持つってことはそういうことだよ」
 確かに泳げる唯を、(ねた)んだかもしれない。どっかで同じことをしていたのかもしれない。
 ナナは大人しくなったのを見て、後はひとりにさせておこうと思ったのか立ち去ろうとした。
「でも、夏実ちゃん。それでもできないこともある。なんでもできる魔術師になるのはいいけど、無理してペテン師になっちゃダメだよ」
 不安そうに見つめるナナを布団の中に引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。