第7話:夏実と電車に乗っておじいさんのところへ

 ガタン、ゴトン。
 見える景色は、田んぼ、民家、森林、そして夏の青い空。

 乗換駅。リュックを背負った女の子が少し厚みのある本を大事そうに抱えながら走っていく。
 真夏の日差しから逃げるように冷房のかかった電車に乗り込む。
 空いていた席を見つけて、重く感じていたリュックを下ろしてヒザの上に置いた。
「夏実ちゃん、まだ着かないの?」本のままおとなしくしていたかと思ったら、いつの間にか猫の姿に変えていた。
 あわてて夏実は小さな声で「長いトンネル過ぎてから」と、まわりを気にしていた。
 猫なんか電車に乗せておけないし……。
「とにかく戻って」と、本に戻ることをうながす。
 ナナはすごくイヤな顔をする。魔術を使うわけでもないのに、本に戻るのは嫌らしい。
 ヒマすぎるのかな?

 ナナと話しているうちに外の景色が暗くなってきた。トンネルに入ったんだ。真っ暗な外の景色。地中を掘り進むモグラになったみたいだった。

 トンネルを抜けて、ある駅に着いた。夏実の街よりも涼しかった。
 駅構内に吹き抜ける風で飛ばさせそうになった麦わら帽子を抑えながら、改札口を通り過ぎた。
 夏実は駅の外にある人を見つけて走り寄っていった。
「おじいちゃん」
「よく来たの」
 夏実の父が忙しいので夏休みということもあり、夏実だけが先にこっちに来た。
「ナナも元気だったか?」
「元気だよ」いつの間にか、また猫になっていた。
 おじいさんと歩きながらいろいろ話した。学校で飼育しているウサギに赤ちゃんがいっぱい生まれたこと。そのうちの一匹が真っ白でまん丸だったから大福みたいって誰かが言っていた。元気にしているかな?他のウサギや動物 にいじめられてないといいけど。
 木造平屋建ての古びた家の前。ここで一人、おじいさんが暮らしていた……けど。
「夏実ちゃん、いらっしゃい」
「うん、久しぶり」
 今は、もう一人男の子が住んでいる。夏実のいとこで同じ血を引いているので、魔術が使える。どちらかというと夏実みたいに魔術書を使って何かするというよりも薬づくりの方が得意。
 夏実は薬づくりはできない。「だって難しいから……」
 確かに、薬づくりの方が難しい。魔術書を使うのは本自体が補助してくれるものがあり、実際にナナがサポートして魔術を使っている。
 でも、薬づくりは自分の知識と技術で作らなくてはならない。
 学校の勉強覚えるだけでも大変なのに。
 古い本棚には分厚く難しい魔術関係の本に混じって医学書などが並べられた部屋にどっさりと本が置かれた机でなにやら書いていた。
「こ、これ……。何の本?」何のことをいっているのか解らない言葉が並んでいた。
「お医者さんになろうと思ってね。今勉強中なんだよ」
 勉強がはかどらなくイライラした感じではなく、下の子に優しくいった感じで話した。
「そうなんだ」夏実はなんだか興味が無さ気な返しだった。
「薬の調合って難しいんだよね」逆にナナは興味があった。
「おお、ナナ。元気だったか」夏実もそうだがナナと会うのも久しぶりだった。
 どのくらい会ってなかったんだろう。2年?3年?もっと前だったかな?よく覚えてない。
「元気だったよ。勉強大変だね」
 ナナと会話ができるのは魔術が使える人のみ。他の人は『にゃー』とかに聞こえる。
 ときどきナナが夏実を困らせようとわざと「にゃー」って普通の猫みたいに鳴いてみることがあるけど、いつものことと無視されることが多いので悪ふざけにもならない。
 ナナはよくこういうことをする。
 暗い部屋の片隅に隠れて、夏実が入ってきたことを確認して脅かしてみたり。
 これも最近は引っかからなくなってきた。魔術書特有の気配を読むようになった。読めないと使うとき、あっちこっち探しまわらなくてはならない。読めた方がいいに決まっている。でもナナの場合、ナナ自身が唯一本の持ち主なしで自由に使える魔術で、姿を移動しやすい猫に変わっているから呼んだら来るし、それよりも重い本を持ち歩かなくてはならないことから解放されるので楽。
 高度過ぎて使える人が限られているものから、一体どんな場面で使うのかさっぱり解らない役立たずなど数ある魔術の中で、実際に夏実とナナが使いこなせるものでは、実は一番便利なのかもしれない。お互い、楽しく会話もできるし。
「そうなんだよ。分野が分野だから難しくて」
 高校三年の夏は大変だ。夏実とナナはそう思った。

 久しぶりに遊びに来て、行きたいところがあった。近くの河原だった。
 おじいさんの家からだと、ちょっとだけ遠い。でも、歩いてみたかった。
「なんか楽しそうだね」ナナにとっては夏実の速い歩幅に合わすように歩く。
「なんとなくね」
 もうダメ。疲れた。
 ナナはその場で後ろ足を思いっきり地面を蹴り上げ、一気に夏実の左肩に飛び乗った。
 小学三年生でも小さい方の夏実だったら、ここまでくらいなら跳べる。
「どうしたの?急に」
「疲れた」
「……もう」いつものこととナナをそっと抱きかかえた。
 怒っているのかなぁ、ナナは上を恐る恐る見上げた。
 赤いリボンが付いた麦わら帽子で影になっているけど、なんかほほえんでいた。
 ナナにはそれが何かは解らないけど、きっと楽しいことが駆けめぐっているのかな。
 そんな表情の時の夏実が好きだ。それが合っていると一緒にいてそう思う。
 ゆっくり歩いていること。そして、目に映る様々な景色。まわりで起こる出来事。それが作り上げているのかな、この笑みはきっと。
「どうかしたの?」
 ナナはとっさに首を振り、「な、なんでもない」と、笑った。
 よくよく考えてみたら夏実は自転車に乗れない。
 もう5歳の時には『飛行能力のあるほうきを使う魔術』が使えたので乗る必要がなかった。
 その当時はたいした距離は飛べなかったけど。
 今でさえ街の中までくらいが限界。遠くに行くには魔術を使い続ける持久力が必要なのだ。
 実は、ナナが覚えている中では二、三回くらい夏実が自転車に乗っていた。
 ほうきを使いこなし始めた頃、自転車も一応練習したのだ。
 でも、すぐ転んだり、電柱にぶつけたり、田んぼに落ちたり。
 泣きながら「もう乗らない」って、もらした捨てぜりふはナナもよく覚えている
「ねえ、ナナ」
「な、何?」気づかれたと思ってびくっとした。
「薬の調合ってそんなに難しいの?」
 さっきの話が気になっていたらしい。あー、よかった。
「そりゃ難しいよ。何と何をまぜたらいいとか、どれをどのくらい入れたらいいとか……」
「うん」
「……同じものを入れても分量が違うと逆の効果が出るとかそういったことを熟知しないといけないし……」
 ナナはいろいろ調合について熱く語ってくれたが後の方は実用的な例で解りづらかった。
「夏実ちゃん、難しい?」気づいて聞いてきた。
「うん」
「スパイスづくりに似たものがあるのかな。混ぜたものによっては辛くなったりそうでなくなったり」
 カレーはルーからしか作ったことがなかったのでピンとこない。
「でも、おじいちゃんって昔はすごかったんでしょ?」
「昔はね。薬の調合もできたし、魔術書なしで数多くの魔術も使えたし」
 おじいさん以外の百瀬家の人々は夏実みたいに魔術書を使って多数の魔術を出すか、本を使わないので一個か二個だけしか使えないのどちらか。
 遺伝でどんどん魔力が弱くなってきている。遠い先祖がもともと居たところが魔術師などが居づらい状況になって東に逃げていった。
 逃げた先々でその土地の魔術を取り入れて独自の進化をした。その引き替えとして子に受け継がれるたびに弱くなってきている。
 夏実の場合、ナナのサポートがないとダメになってきているくらい。

 目的地の河原のそばの小さな木陰の下で一休みすることにした。
 緑色に生い茂った木の葉の向こうに、青と白が絶妙に混ざった夏空。気温も高くなくって気持ちいい。
 夏実は木にもたれかかろうと思った瞬間、麦わら帽子が飛ばされた。
「あっ!」ちょっとムッとしたが軽くため息をついて帽子を取ろうと立ち上がる。
 夏実が麦わら帽子を取ろうとすると誰かが奪うかのようにまた飛ばされた。
 そう、たまたま飛ばされたんじゃない。よく見ると小さな男の子が帽子を持っていた。
「お願い、返して」
 夏実が優しく言うが、男の子は帽子を返そうという気はなさそうだった。
 不意打ちで取り返そうと、何気なく近づいたが気づかれてしまった。
 夏実はナナを見つめて、ナナも何かを感じ取ったのかうなずく。
 夏実は集中力を高めて、入ってくるものは風の音。目を閉じてあるだけの力を右手に集める。
 ナナはそっと夏実に近づき、「夏実ちゃん、いいよ」と、言いかけた瞬間投げ飛ばされた。
 その先には男の子がいたが、素早くかわされた。
 顔面強打したナナは夏実の元に戻って、
「何してんの!」痛がる顔を押さえて激怒した。
「惜しかったね」夏実はあっさり答えた。
「魔術使うのかと思ったじゃない」
「……そうだね。そうすればよかったね」
 早く気づいてよ、と思いつつナナは夏実の肩の飛び乗ってヒリヒリするほほをなでながら、
「……コントロールはよかったよ。めずらしく」
「ありがとう」
 ナナは本に戻って、

「我が魔術書よ……」

 軽くジャンプしてみる。いつもより高く飛べる。
 動きの早い男の子。夏実はその子目がけて跳びかかる。
 やっぱりすばしっこい。着地に失敗して、夏実も顔面をぶつけた。
 痛がる夏実にナナがすっと「ね、痛いでしょ?」

 空までも自由に飛び回る男の子に夏実はもう一度、右足を力一杯蹴り麦わら帽子に飛びついた。
 空中で近づいてきた。自然に手が伸びる。
 ナナの声で「あぶない!」って聞こえたところまでは覚えていた。

「いいにおい」気がついてかぎ取ったのは柔らかい花の香り。
 目を開けると一面のお花畑。
 右手には麦わら帽子。
 そうだ、つかんだあと崖の下に落ちたんだ。
「こんなところがあったんだね」
 そういえばナナがいない。不安になってあたりを見渡しがいない。
 どうしよう。早く探してあげなきゃ。
「夏実ちゃん、どいて」下の方から聞こえる。
 夏実の下敷きにされたナナがいた。
 地面の草木がふわふわな(のとナナの)おかげでケガをしなかった。
 小さな花の冠を作って、ナナの頭にのせてあげた。
「ごめんね」
「気にしてないからいいよ」
 ナナをそっと抱き上げ「でも楽しかったね」

 おじいさんの家に戻り、
「ずいぶん遊んだね」
 泥だらけの夏実を見ての一言だった。
「風強くなかった?」
「うん。帽子を飛ばされたくらい吹いていたよ」