第8話:夏実と宿題を片付ける二つの言葉

 どうして夏休みには宿題が山ほどでるのだろう。
 人がうらやむ魔術が使えるようになって早3年。それでも悩みってつきないものかな。

 魔術が使えてるからって特別なことなんてない。例えばこの暑苦しい日差しを浴びた洗濯物を庭から縁側へと運ぶこと。少し抱えすぎて、前が見えづらい。よろけながらも落とさずに着いた。しばらく祖父の家に居ることになった。お世話になりっ放しもちょっと悪いと思い、家の手伝いをすることにした。普段からしていることだから、嫌とは感じなかった。
 ふかふかに乾いた洗濯物の横に夏実は座って、青い空をぼーっと眺めていた。できることならこのままずっと。でも、その願望を妨げる存在の宿題。小学生の運命といえばそれまでだけど、嫌いなものは嫌い。宿題が一瞬にして消えてくれないかな……。そもそも、夏休みがあるから宿題が出るんだ。でも、休みは欲しい。そんなことを考えていると、右横にあった洗濯物が突然動き出した。夏実は飛び跳ねるように洗濯物から離れた。
「真昼からお化け!?」
 と、思いたくなるようなモゾモゾと奇妙な動き方をする。夏実は意を決してそーっと洗濯物をかき分ける。
「こわい……」
 けど、なんだろう。白いタオルをめくると中から黒い色の毛が生えたものが出てきた。ぞっと恐怖感に襲われたが、すぐに正体が判った。あわてふためくその物体に夏実はそっと優しくなでて、
「ごめん、ナナそこにいたの」
「空の雲が急に落ちてきて、埋もれて、それからそれから」
 気持ちよく寝ていたらしく、洗濯物に埋もれたことを把握してなく、動揺している。

「落ち着いた?」
 明るいトーンだけど柔らかな声でナナに話しかける。
「なんとか」
「本当にごめんね」
「気にしてないよ。全然」
 ナナは素っ気ない返事だったけど、別に怒っているわけではない。いつもそうだから夏実には分かっていた。昔、間違って踏みつけた時もそんな感じだった。
「いいよ、別に。わざとじゃないし」と、あの態度。
 ナナなりに抑えてくれているのかな。ナナのそんな態度に夏実は安心した。ナナが本当に怒っている時は爪を立てるほどイライラしているし。

「あ、夏実ちゃん。夏休みの宿題、終わった?」
ふ ってわいたように聞いてきた。
「うーん。なんとか終わりそう」
 無くならないかと考える一方、こつこつ片付けることもしていた。
「でも、作文の宿題が何書いたらいいか分からなくて、できない」
「何についての作文なの?」
「自分の夢について」
「それだったら、さっき空の雲がわたあめみたいで降ってこないかな……っていう夢だった」
「そっちの夢じゃなくて、将来の希望について」
 と、言うと「ふーん」ってわかってボケたのか知らん顔をする。
 興味がないのかわからないけどナナが、
「夏実ちゃんって、魔術師にならないの?」
 と、いう言葉に夏実は考え込んでしまった。
 そこまでのレベルでやるには技術もそうだけど知識もつけなきゃいけない。今の夏実の力では到底無理な話だった。
「せめて、先の事ってわからないものなのかな……」と、つぶやいた。
「占いでもする?」というナナの言葉に夏実は振り返った。
「難しい計算があるけど」
 夏実はどんな?って顔をする。
「夏実ちゃんって積分ってわかる?」と、
「豆をまく行事?」と返事に
「やっぱり、小学生には無理があったか……」と嘆く。
 険しい顔にする夏実に
「もっと簡単なのはあることはあるけど……」
「けど何?」と、問いかける。
「魔術使いはその血がジャマして占えないから夏実ちゃん自身はダメだけど……」
 夏実は「ああ、そう」って裏庭の方へ行く。

 明るい木の温もりを感じる部屋に本やら何かが入ったビンが雑然と置かれている。その部屋の中心にだいぶ使い込んだ大きなナベから湯気が立ちこもる。晴れた夏にこの暑さは老いた体にはこたえる。材料もだいたい混ぜた。あとはしばらく煮詰めれば動物用の薬ができあがる。と、思いふけながら、外へ出る。春にまいておいたアサガオの花が、いろとりどりに咲き乱れていた。種は薬の材料となるので育てている。裏庭に作った畑にはそういった植物が植えてある。若かった時はもっと多くの種類がこの畑で見られたが面倒が見きれなくなって、数を減らした。だが、継ぎ手も現れたので数年後にはまたにぎやかになってくれるだろう。呼ぶ声にふと我に返る。
「おじいちゃん!」
 聞こえないと思って大きな声で叫ぶ夏実。
「おお、なんだ」
 何回か呼んでやっと振り向いてくれたと、肩をなで下ろす。

「洗濯物、片付けました」
 明るく元気に応える。
「おお、そうか。おりこうさん」
 と、夏実の頭をなでる。夏実は小屋の方をのぞき込むように見つめて、
「何を作ってるの?」と、聞く。
「あれは動物用のかぜ薬」
「ヒトには使えないの?」
「タイプが違うからのう……」に、続けて、
「ヒトはならない病気の薬なんじゃよ」と、説明に夏実はうなずく。
 医者でもあり、獣医でもあり、そして、魔術師でもある。そんなすごい経験をしてきたとは思えない、やせこけた普通のじいさんにしか見えない。だから逆にすごく見えるかもしれない。自分にはこんな事はできない。畑の雑草をむしり始めた祖父に夏実は
「薬を作るって大変だよね?」と、聞く。少し間を空けて、
「大変だけど、楽しいぞ。やってみるか」
 夏実は、軽く首を振る。

「難しいことや苦しいこともたくさんある。事実だが。しかし、楽しいことやおもしろいことがそのどこかに隠れている。それを見つければ何でもできるよ」
「おじいちゃんはこういうこと好きだった?」
「ずっと小さい頃、そうだな……夏実ちゃんくらいからだった。魔術の練習もしたり、遊ぶことも忘れはしなかった。人や動物と遊んだ日々が楽しくてのお……。そうしているうちに今のようなことをするようになったんじゃよ」
 夏実はそうだったんだと目を見つめる。
「夏実ちゃんも自分がやっていて一番楽しいことを見つけなさい。それがきっとずっとやりたいと思えることになるから」
 と、言われ「うん」と応える。

 夏実は一人草むしりの手伝いをしながら「自分は何が一番楽しいのだろう?」と、考える。よく分からない。軽くため息をつく。ヒマそうに歩いているナナを見つけて、
「ナナはいいな。悩みとかなさそうで」
「なんで?」と、こっちを見つめる。
「ナナって将来どうなりたいのかなーって」
 ナナは「え?!」と声を裏返す。ナナはもともと魔術書。つまりは本。本に将来の夢なんてない。だから、そんなこと聞かれるなんて考えにもなかった。ナナは言葉を詰まらせながら
「えっと……。大食い大会にチャレンジ!」
「もういいよ」と、はね返される。
 毎日のように、勉強、勉強と言われないナナが本当にうらやましい。
 私だって嫌いだけど、がんばってはいる。なのにこの時期に多い夕立のように雷が落ちる。できないのに努力してもできないのにどうして怒られなきゃいけないの。学校に行かなくてもいい大人がずるく感じる。『大人には大人の事情がある』って言うけど、だったら『子供にも子供の事情がある』と思う。大人は身勝手、子供はその犠牲者。そんなどうにもならないことを思い浮かべると同時に頬と伝うしずくを感じた。

「泣いているの?」
 気づいたナナがタオルをくわえて寄ってきた。
「……ごめんね」
 自分が泣かせたものと思い込んで罪悪感に満ちていた。
「ううん。ナナは全然関係ないから」
 と、言ったが悪いと思いをさせないために言ったと感じてしまったのか
「本当にごめんね」と、謝る。
 ちょっとうざったく感じる。
 タオルで拭きながら
「ナナは全然悪くないから」
 ナナはそこへ入って来たいとこのお兄さんのところに駆け寄り、こういう時どうすればいいのとすがる。
「どうした?」
「ちょっと嫌なこと思い出しただけ。大丈夫」
 ナナはあたふたと慌てている。それを見かねてなのか
「夏実ちゃん、今から駄菓子屋さんに行かない?」と、誘いに夏実はうなずく。

 庭の隅に造られた倉庫から鳴り響く爆音。子供用のヘルメットをかぶって夏実が倉庫から発する音源へと近づく。
「乗って」
 と、バイクの後ろの方に乗せられる。
 1年前くらいに免許を取ったんだって。でも、乗るのかこっちに来た時だけ。交通手段が少ないこの田舎にはこういうものがある方が便利。魔術も使えるけど男の子だからバイクの方がいいんだって。夏実はしっかり背中にしがみつく。走り出したバイクは田舎を走り抜けていく。風を切る感覚は空を飛ぶ時のような感じはあるが、地面を目の当たりにして走る怖さは強くあった。

「怖かった?」
「ちょっと少し……」
「ごめん、帰りはもう少しゆっくり走るから」
 駄菓子屋さんの前にバイクをとめる。夏実はあれこれ迷いながら、いろいろ買ってもらった。お店の縁台に座る。
「毎日、毎日勉強と言われるけど、たまには息抜きも大事だよね。」
「そうだよね」夏実は張り切った声を出す。まともに勉強なんかしないけど。
「受験勉強って大変?」
「もちろんね。でも、やりたいことのためだから頑張れるよ」
「でも、嫌じゃない?」
「好きなことだからね。やればやれるほど夢が近づいていくような気がするのが楽しい」
 夏実はハッとした。
「……好きなこと」

「だったら一番楽しいと思うことをすれば?」
「そうだよね……」
 戻ってきて、余った駄菓子をナナにあげた。さっきのことなんて忘れたように喜んで食べる。
「なんか作文書けそうな気がしてきた」
 弾むトーンで夏実は言う。リュックサックから作文用紙と筆記用具をテーブルに並べる。よし書くぞと勢いづく。
「そういえば、夏実の一番楽しいことって何?」と、尋ねる。
 少し黙ったから「私って何がそうなの」と、逆に聞く。
「それは夏実ちゃん自身で見つけることでしょ」
 ちょっと泣きそうな声で「手伝ってよ」
 ナナは逃げようとする。
「悩むこととも小学生の運命じゃない?」と、立ち去る。

 悩むことのないナナからのせめてもの応援に夏実は感じた。少なくともナナとずっと一緒にいられることを願いたい。