Last Kitten Heart friends

 夏実が寝付くのを見計らって、幸せそうな寝顔から離れて部屋の外へ向かった。部屋の外で待ってくれたヂュリーと一緒に外へ出かけるためだ。
 北地区は周りを高い山で囲まれていて、日が差す時間が少ない。日照時間が短いのは東地区の中心街も同じで、どことなく嫌悪感を抱いてしまう。
 年中気温が低く、西地区の海から湿った空気が流れ込むせいで、一年中ずっと雪しか降らない。行き来が難しく交流がなかったため、大昔は中央地区のことを『北地区』と呼んでいたくらい認知すらされていなかった。
 また、北地区の原住民は変わった能力を持っている。それこそ『超高速移動能力』であって、北地区原住民の純血族は、誰でも生まれつき使えるらしい。そのひとりがヂュリーなのだ。祖先のどこかで身につけたとか、そんなことをヂュリーから教えてもらった。
 そんなわけで、原住民は乗り物には乗らない。なので交通機関も西地区へ行く列車くらい。私はヂュリーにおんぶされると、振り落とされなうようにしっかりと捕まった。
「お嬢。行きますよ」
 私たちが意識を失っていたとき、こうやって助けたらしいが、このスピードを初めて体感した。初速度が早く、景色の移り変わりすらよく分からなかった。動いている本人はいいけど、くっついている人は、耐えるので必死だった。
「……き、……気持ち悪い……」
 ヂュリーの背中から降りると、来た道を慌てて引き返すかのような強い吐き気と、立っているのが困難な目眩がして、その場にうずくまるしかなかった。
「だ、大丈夫っすか?」
 ダメに決まっているじゃない……。首を横に振るにも、ぼやけて振っているのかさえも分からなかった。
「先輩も乗せたときも、そんな感じだったすね……」
 だったら、私にも同じことをしないでよ……。
「中に入らないとヤバいっすから、中に入りますよ」
 ヂュリーは私を起き上がらせて、建物の中にあったベッドまで連れてくれた。
「お前……。お嬢にもやったのか……」
「仕方ないじゃないすっか。他に方法がないんすよ……」
 もうろうとした中で聞こえるのは“王様さん”の声だった。
「途中で拾ったモービルのお陰で、お前には乗らずに住んだがな」
 どうやら“王様さん”は、ヂュリーとは別行動だったらしい。
「しかし、よくこの……なにもない北地区が、これだけ発展できたものだな……」
「『天からの授かり物』のお陰なんすよ。雪に交じって他のものが降ってくるんですよ」
 ——それってもしかして
「『超高速移動能力』もそのひとつだって、自分のじいさんから聞いたっす」
「そうか……。まあ、雑談はこれくらいにして。お嬢もそのままでいいから聞いてくれ。今後のクローバーとしての展望だが——」

「どこに行っていたの?」
 ヂュリーの実家に戻ると、夏実が起きていた。
「えっと……。ちょ、ちょっと買い物……」
 この雪ばっかりの所に、お店なんてほとんどないが……。
「夏実ちゃん、大丈夫そう?」
 夏実の小さくて柔らかそうな体にそっと身を寄せて、ゆっくりと額を合わせてみた。熱はなさそうだし、拾い上げたときと違って体温も平温くらいだ。
「うん。多分……」
 一時はどうなるかと思ったが、回復して良かった。
「お腹、すいたでしょ? 下に夕食があるよ」
 それを聞いて、夏実はベッドから降りた。よろけることもなく、しっかりとした足取りだ。これなら大丈夫だろう。
 念のためヂュリーは、夏実と引き合わせないように別室に行ってもらった。クローバーのメンバーは世間的に顔を割れていないから、見られても気付かないだろう。ただ、三つ葉会時代とかで漏れている可能性も否定できない。万が一のことを踏まえて、対策はしておかないと。
 階段を下りて、温もりのあるダイニングに案内した。外は万年雪が敷き詰められた極寒地。薪ストーブが常に働き続けていた。
 夕飯も同様に、ヂュリーの母君が用意して頂いた。
 北地区において、野菜は南地区産のものは鮮度と輸送コストから、ほぼ手に入らない。少しばかり作っている西地区産と南地区産の加工品がメイン。その代わり西地区には海があるので、豊富に取れた海産物が入ってくる。地元産は動物肉がほとんどになってしまう。
 そのため、北地区の家庭料理は肉料理が多く、かなりの重量級な夕食だった。北地区原住民はあの能力で大幅にカロリーを消費するから、釣り合いが取れているのだろう。
 フォークとナイフを手にしてみたが、どう攻略すればいいのだろうかと苦慮した。ふと対面する夏実は、やっぱりお腹がすいていたのか適当に漁っていた。
 そんな私の所に、母君が追加料理をもってダイニングテーブルまで現れた。
「まさかね。『東地区三つ葉会の娘』さんに、こんなおもてなししかできなくて……」
 その言葉だけは言わないで欲しかった。特に夏実の前では。
 怖くって夏実の方を見られなかった。家の中にいるとは思えないように体が凍り付いた。
「な、なのかちゃんって……。その……。く、クローバーなの……?」

 今まで突き通してきた、嘘で塗り固めたメッキが剥がれ落ちていった。